【鶴の湯だより 2005年6月10日配信 NO142より】
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鶴之助独り言(首相の靖国参拝)
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久々に政治問題について独り言です。

最近、小泉首相の靖国神社参拝をめぐって、中国や韓国との関係がギクシャクしています。

小泉首相は、「他国の内政干渉である」として靖国参拝継続の姿勢を崩さず、 先日、河野衆院議長はこれに対し、歴代首相経験者の総意として「周辺国に配慮して 慎重に対処せよ」と暗に参拝自粛を首相に申し入れました。

でもこの問題、河野さんと同様、マスコミの論調も対中国や韓国を意識した 国際問題としての観点で賛否が議論されていますが、これには異論ありです。

小泉さんのいうとおり、その是非は別にしても、どこに誰をお参りしようが他国から 本来干渉されるべき問題ではありません。
過去歴代首相がさきの戦争に対して何度も責任と反省を表明しているわけで、靖国参拝がそれを否定する為のものではないのですから。

小泉首相自身も、戦争で亡くなられた方々への純粋な哀悼の念からの参拝で、A級戦犯や歴史認識云々といった意図はないでしょう。

むしろ死者に対する解釈や伝統、文化の違いによって生じているすれ違いと理解した方が正確です。

一部歴史認識も、日本と中国、韓国とでは違っていてそれは当然のことです。
(例えば、ドイツのナチと日本の戦争は、同列、同種の戦争犯罪として認識されるべきものではありません。)
どこの国でも自分の国の歴史や文化について、すべて否定し、卑しめることなどできるわけありません。

互いの文化や歴史、考え方の違いを認め合って、共生を模索していくことこそ平和的外交というものではないでしょうか。

中国や韓国が対日本外交のカードに、この靖国参拝をワザワザ持ち出し騒いで、その他の対日外交交渉を有利にすすめようとする意図が丸見えですな。
日本政府がこれに 踊らされてはあきまへん。

それに第一、中国や韓国との関係が悪くなるから参拝をやめなさいというのは、独立国としてあまりにも軟弱で自己帰結ができてない。

首相の靖国参拝はあくまでも国内の問題として冷静にその是非を議論するべきです。

<参拝是非についての鶴之助の私見>

靖国神社は1869年戊辰の役での戦没者慰霊の為、明治天皇の意向で設立された 神社(当時名は東京招魂社)ですが、戦後は東京都の認可を受けた一宗教法人靖国神社として現在に 至っています。
つまり法律的には天理教や創価学会同じ立場なのです。

ですから、国がA級戦犯合祀、分祀を靖国に命令指示できる立場ではありません。
信教の自由ですから靖国が自由に合祀、分祀も決めることができるのです。

よってこの国の機関でもない一宗教法人に総理大臣が参拝すること自体、憲法 20条の政教分離の原則に抵触します。

出征して亡くなられた方、またその遺族の方々にはキリスト教信者も、仏教信者もいらっしゃるわけで、戦争で亡くなられた方をすべて神として御祭りする靖国神道とはそれぞれ神仏の根本的な解釈が異なります。
たとえ私的な参拝だと主張しても、それは所詮詭弁で、政府の最高指導者である総理大臣が、参拝してしまえば事実上の政教一致ということになってしまいます。

つまり総理大臣の靖国参拝は違憲ですから、小泉さんが参拝すべきではあり ません。

国の為に命を捧げた人々に敬意と感謝の念を示し慰霊することは人間として当然で、大切な心だと思います。
でも、何も靖国でなくても終戦記念式典や原爆の慰霊祭など 首相としてその念を示せる機会はいくらでもあります。

1980年の鈴木内閣時代にもA級戦犯合祀にあいまってこの靖国参拝問題が クローズアップされた時がありました。
この時はむしろ違憲か合憲か公人か私人か という根本の国内問題として議論されてました。

それが今では、中国や韓国との関係だけを取り沙汰して是非を議論するのはあまりにも 場当たり的というか節操がない。
河野さんも「周辺国に配慮して慎重に〜」なんて言い方は軟弱すぎますな。
「憲法に違反してるから参拝はすぐやめなさい」と言った方が筋が通ってるし、説得力があります。

目先の損得、状況判断だけを重視して、根本的な筋論を二の次にする今の風潮を垣間見るようです。

でも、すでに靖国参拝が現実の国際問題になってしまっている以上、今もし参拝をやめれば 中国や韓国がますます調子に乗って領海や領土問題でゴリ押ししてくるだろうし、 外圧によって首相自身の公約を反故にしてしまうのは国の威信にもかかわる。
ここは多分、得意の政治的判断というやつで、小泉内閣のうちは参拝継続という判断でしょうね。

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